本牧海づり施設
行ってみました。釣りしにではなくただ見に。久しぶりに釣りしたくなりました。
けっこう釣れるようです。海は正直言ってあまりきれいではありません。
見た感じ釣れるのは主にサッパ(ままかり)。
そこまでうまくはないらしいけど…。
釣ってすぐ開いて干物にしていた方もいました。
…ん?
「個人差があります」きたーーー!!
行ってみました。釣りしにではなくただ見に。久しぶりに釣りしたくなりました。
けっこう釣れるようです。海は正直言ってあまりきれいではありません。
見た感じ釣れるのは主にサッパ(ままかり)。
そこまでうまくはないらしいけど…。
釣ってすぐ開いて干物にしていた方もいました。
…ん?
「個人差があります」きたーーー!!
高校の恩師、佐野先生のブログで語られた「デリケート・バランス」。
まさに… そこなんですよね、自分の位置も。
紹介します。
デリケート・バランス(上)
デリケート・バランス(中)
デリケート・バランス(下)
「生きること」と「食べていくこと」。
先生の言葉が強烈に響いたので引用させていただきます。
(芸術家にとって)「生きること」と「創ること」は一致しているのであって、そこに「食べること」への意識が介入する余地は無い。私の「AとBとのバランス」など、芸術家にとっては「生ぬるい戯言」だと思い知らされた。(中略)
あれから40年…私は今なお「デリケート・バランス」に生きている。忸怩たる思いもあるが、これもまた「自分の人生」だと思えないこともない。しかし、残された人生の時間を全て演劇創造に充てることで、あの21歳だった自分、打ちのめされていた自分に応えて上げたい気持ちもある。
正直、自分は打ちのめされ続けている気がする…。
手を抜いてるわけじゃない、全力で対峙しているつもりだけど、まだまだなのかな。まだまだなんだろうな。ゆっくり考えたい、時間がほしい、と思うのは甘えなのかなぁ。
先生の
「流されそうな川の真ん中に杭を打ち込み、それに一時しがみつきたい」が本音だった。立ち止まる時間が欲しかったのである。
という言葉、痛いほどよく分かります。
これはしばらくまたこもって考えます。
この前「考える前に飛べ」と書いたけれど、やっぱり考えてしまう。我ながらもどかしいというか苛立つというか。
一応報告しておきます。
プロヴァイダが「ぷらら」で、ここ数日でメール送信が出来ない現象が起きている方はご参考に。
ぷららが行った設定変更によるものでした。
サブミッションポート(port587)とSMTP AUTH
ここ2日悩みに悩みました。メールソフトBecky!をVer.UPしたり。結局2ちゃんねるを徘徊してぷららスレッドにて解決。
私の場合は、メールソフトの各メールボックスのSMTPポートを上記の「587」に設定することで解決できたようです。
ところでぷららにはちょっと言いたい。
二十代も後半戦に突入しました。より自分にシヴィアに当たっていく所存。
いい意味でもうちょっと攻撃的になろうかと思ってます。「考える前に飛べっ!」みたいな。
さてそんな中、こんな言葉を見つけました。「そうだよな」と共感する部分があったので紹介。
雑誌 “FUDGE” でコラム “Life never ever like before” を連載されている高木正勝さんの言葉。
「アーティスト」
アーティストとは、受けとるべきものを、持てる感性で受け取り、持てる技術でそれを形に変え、他人に伝達できる人間。才能とは、受けとるべき何かがやって来た時、それを感じ、つかまえる事が出来る精神的、肉体的な体力。(中略)
いわゆる芸術家だけが、アーティストだとは 思っていない。目には見えない、耳には聞こえない、その受け取るべき何かを感じて人に伝える事が出来たなら、(中略)絵画や音楽のような芸術でなくても、それは美しいに違いない。「個性」
「個性的であろう」とする事は、重要な事ではない。個性は生きていれば自然に生まれる。生まれも育ちも、見聞きした事、感じた事も、そして望むものも違う筈。ただ、過去に感じて来た感情にきちんと向き合うか向き合わないかで、個性は大きく変化する。魅力的な個性にもなれば、疎ましい個性にもなる。
ふむ、その通り。だと私も思います。
アーティストとは結局、「自分が受け取るべきなにか」をちゃんと感じ、それを自分というフィルタを通して外の世界にいわば再出荷できる人間、私はそう思っています。
そう考えると、別に何か作品を創っている人間だけがアーティストなのではなく、誰でもアーティストになりうるのではないかと。
つまり「アーティスト」というのはなにを生み出しているかとか、どんな才能を持っているかとか、まして技術などではなく、「生き方」ではないかと。
ただその「生き方」を選ぶなら(ときに選ばざるを得ない)、そこには日々自分の感性を磨き上げ、ときには守ることが必要になる。そして人によって感性の幅があるのも事実。
これを読んで、以前に当ブログでも触れた、銅版画家・長谷川潔さんの言葉を思い出しました。
さて、と。折り返したことだし後半戦、そろそろ行きますか!!
先日買ったトイカメラ・”BOOK CAMERA”で初めて撮影した写真ができあがりました。
感想は、「やっぱりフィルムカメラは楽しい!!」に尽きます。手間がかかる、その手間が楽しい。これからもまた撮っていこう。
なにしろ110フィルムは初めてなので、現像と同時にプリントもお願いしました。
その写真をスキャンしてもいいのですが、せっかくスキャナがあるのだからということでフィルムスキャンを試みました。110フィルムに対応しているか不安だったのですが、見事に未対応。それでもなんとか普通のネガフィルムとして認識・スキャンさせました。
最後に一輪残ったツツジ。