消化の意味
日経新聞、10/23付夕刊の記事「あすへの話題」の文章がとても良かったので紹介。
タイトルは「消化の意味」、執筆者は分子生物学者・福岡伸一さん。
私の研究対象は膵臓(すいぞう)である。
さて膵臓は何をしている臓器でしょう? 理系学生でもしばし言葉につまる。インシュリンを作るとの答えがせいぜいだ。
しかし、膵臓の細胞のうちインシュリン合成を担っているのはほんの数パーセントであり、残りのすべての細胞はあるタンパク質の大量生産に従事している。その生産量たるや泌乳期の女性の乳腺よりも多い。
答えは消化酵素の生産、である。膵臓が日々、黙々と消化酵素を作ってくれているおかげで、きちんと消化が行われ、栄養素の吸収がなされる。そこで私はおもむろに次の質問に移る。消化は何のために行われるのでしょうか?
小さくしないと吸収しにくいから? 現象面だけを見るとこの答えでも間違いではない。が、消化のほんとうの意味は別にある。
情報を解体するため、消化は行われる。例えばタンパク質。タンパク質はアミノ酸の連結による高分子で、アミノ酸は個々のアルファベット、タンパク質はそれによって書かれた文章にあたる。そして全ての生物は、固有の文法と文体に従って構成された文章からなる一大物語といえる。食物とは、それが動物性のものであれ、植物性のものであれ、もともと生物体の一部であったものだ。そこには持ち主固有の情報が満載されている。
この情報がいきなり、私の身体の内部にやってくると、私の身体特有の情報系と衝突、干渉、混乱が生じる。これを回避するため、消化酵素は、物語と文章を解体し、意味を持たない音素のレベルに還元する。そのアルファベットを吸収して、私たちは自分特有の物語を再構築する。
実にこれが生きているということなのである。
普段、人の文章に心を打たれることってあまりないんだけど、これは感動した。素晴らしい文章。
中学校の国語の教科書とかに載せてもいいと思う。というか僕が中学時代に読みたかったな。